みにくい人魚のその後で

2020. 5. 1 →21. 5.19/ 6.15/ 6.22 (投稿)

 

 昔々のそのまたむかし、

 世の中がもっといろんな生き物であふれていたことは、みなの知るところでしょう。では、人魚はわかりますね。上がヒト、下がサカナの生き物です。たいてい、彼らは海にいます。広く女性として知られる人魚ですが、中には男もいます。 今日はそのうちの、とある一人の話をしましょう。

 男の人魚は女の人魚と違って力強く乱暴でがさつな者たちで、海を荒らすすべを知っているものです。

その中で、彼は女の人魚と同じように、おだやかで歌うのが好きでした。しかもとても良い声で歌うのです。それは海でいっとうすばらしく、幼い少年のひときわ美しい声はみなをとりこにしましたが、彼は、顔を見れば一瞬で興が覚めてしまうほどみにくい顔をしていました。

 男たちはみにくいお前が歌うなど姫たちの恥さらしだ、と少年をなじります。女たちの方も、男であんこう面のくせにおごったやつ、と少年を妬みいじめました。少年の歌声に惹かれて何隻の船が沈んだことも、エモノを取られたようで悔しかったのでしょう。 少年にはあの人魚姫のように陸へのあこがれはありませんでしたが、いじわるな彼らから逃げるためにどこまで泳げばいいのか、幼い彼にはわかりませんでした。

 だから、同じように魔女のところに行ったのです。

「あんたの話は聞いてるよ。うわ、汚な。あんたのその細い体じゃ、私らのいない所に行くのはとても無理だろうね。確かに、陸地なら私らも関われないよ。でも取る物がないよ。あんたの大好きな歌声を何に使うのさね。私は女だよ」

それもそうだと少年は思いましたが、他に差し出せるものもないし、今とてもつらかったのです。どうどう巡って海の魔女が折れたのは、彼を心配して来る者が誰もいなかったからでした。

「ええい、わかった、小煩い小僧め、ついでにその面の皮も剥いでやる! お望み通り、歌声ももらう。そしてこの欲深はあんたの幸せももらうよ。 あんたは叫ぶ事が出来る。途端、まじないが解けてあんたは薄汚ねぇ面を晒す。したら最後、平和な暮らしは出来ないと覚えときな!」

少年は美しい歌声も、みにくい顔もなくし、何の個性もなくしましたが、幸せそうにほほえんで、息の途切れる前に陸地に向かいました。

 人魚の少年がどんな顔になったか、そしてどこに向かったか。それを人魚姫たちは知らない、と、海の魔女はあきれたように言って、口を閉ざしたのです。

 

 

 

 やあ、みんなそろってるね。

 ご、なな、エーじゅーに…いち…こら、そこのちゃんと座れ。 アンタらアタシが人数で確認しとると思っちょらんじゃろうネェ。にじゅいち。はい、全員。

 今日のあの大きい…声?を初めて聞いたやつァ、手ェ上げて。 …君らだけかい。大人たちもずいぶん用心になったと見えるナ。良かったなチビ坊、あの声のおかげでアンタの父さんは森から生きて帰ることができた。 あの声のたびにバアサンが子供たちにこのハナシを聞かせるしきたりになってるから、でっかいガキどももガマンしな。

 そう、『シルフの悲鳴』の裏話だ。

 むかーーしむかしッから、あの森は子供は入っちゃァイカン、大人は入っていいルールになってる。今悪いこと考えたガキのために警報がするようになったんにゃ、数えられるほど昔の話だ。

 アタシの爺さんが子供だった頃にナ、そいつはフラァと村に現れたらしい。ワカメみたいな髪のチビ助が、ボロ布しか持たずに海べりをフラッフラしてたから、当時のお人よしの大人たちは、坊主を保護したんだとサ。その子が――ネタバレするな、話を急くな、寝ンな。よし。 でその子が、口は効けんし文字も読めなんだが、何より目がキラキラしてたってから、大人たちはその子を村で育てることにしたってェことだ。数日なンも口にしとらん風だったが、その目には飢えた獣とは違う、優しくって賢いものを感じたそうな。

目や顔がどんなンだったかは、後付けしたのも多そうだからアタシは省く。昔話ってそうだろ。ただワカメヘヤって話は好きだよ。

 その子がどこから来たかは、マのちに爺さんが手紙で知る。 …その子が村に受け入れられたのンはねェ…努力家で、勤勉で、行儀がよく、程よく謙虚だったからと聞くね。楽しいとか悲しいとかも素直に顔に出すような、正直な子だったってネェ。 気味悪いくらいイイコだ。 アンタらも多少は悪い所を持っておきな。この坊主の場合知りたがりで拘りがキツくてよく周りを困らせたそうな。

ジジイは同年代で、よく遊んでたからそりゃ知ってる、だってね。いつも…物書きは最後に習ったらしいけンど、同い年くらいの中じゃァ力持ちで、獣を慣らすのも上手かった、って。 なんでもこなせるほどカンペキだったら、村の子たちには馴染まんかったろう。 そいつは爺さんちで晩飯を一緒するときに、ニワトリのローストを手伝おうとして焦がしちまった。それが悔しかったのか一週間チッキンをクルリクルリと焼き続けて、ジジイんちと一緒に焼きチキンがキライになったつう笑い話はよく聞いたっけね。 坊主ども、小さい頃に『丸焼き』習わされるだろ。そういう事らしいよ。

 それで――『声』の話だァな。 さよう、その坊主は喋れんかった。旅の医師も「体も心も問題ない、何かの呪いか」なあんて口走る様でね、ただその子は納得した様子でじっと聞いてた。ワケがわかってたんだね。白状したのはずぅっと後のことだけんども。 食も病みもままならない時代、たいてい見えず聞こえずってわかればソイツは海に投げ捨てられた。その子の苦労と、今の時代のありがたさに思いを馳せるんだよ。…そこの、顔色が悪いね。今日は帰りナ。

…ヤレヤレ、『考えすぎ』もいたものだね…。 大人たちも、チビの坊主を『流れ』者として見てたらしいがね。良く思われなきゃ捨てられる、それも本当の事。いろーんな仕事を、辛くとも真心こめた笑顔でだいたいやりきった。そこを、大人たちに気に入られたのさ。 特殊だが、特別扱いはされなかった。 ちゅう中で生きてこれたってンだからネェ…。

 ――『シルフの悲鳴』を最初に叫んだのはその子だった。 森の中で人が危険な目に遭うと、あの叫び声が、村まで響いてくる。ヨソにゃシルフで説明しとるが、危険を知らせる時に聞こえるにゃァ、その子の叫び声だそうな。アタシは顔も声もわからなんだから、知らんけど。

 世のやんちゃ坊主どもがよっく考えるように、ある日ガキ大将が禁忌の森に入ることを思いついた。賛成反対は半々で、大将はケライを連れて、ジジイやワカメ坊主と一緒に忍び込んだ。 …この先はジジイの話と、やつの話の混ぜ物サ。

禁忌の森は今に増して魔物化け物獣どもの巣穴で、しかも奴らは子供が大好きなんだ。そう知っていたチビワカメは、けれど知らせることもできず、一緒に着いていけばせめて、と思ったらしい。 一団はずんずん森を進み、虫取りやら川遊びをして、何の怪しい気配もなかったとさ。だけどその子はじっとみんなの近くに突っ立って、『気付いて』『気を付けて』たんだろう。

 その子も人間じゃなかったから。

最初にそっぽを向いたとき、ジジイは『ついにあいつも怖がって帰るのか』と思ったらしい。だけど、やつが見ていたのは藪の向こうの狼だった。それが皮切りだった!

『ぼくは ぼくのみにくい顔を見せたくなかったです。でも誰かが必ず見 だろうと思ったしたし、みんあ 助からないことに比べればしわあせでした』

ものすごい、ばけものの叫び声がした――みんな恐ろしさに固まった――そして狼が来て、ハロウィンより恐ろしい者どもが次々飛び出してきて―― 叫んでいるのはあの大人しい坊主で、その声が化け物らを後ずさりさせてた! それでも襲ってくるやつはいたが、それも、みんなその子がぶっ飛ばしたんだ。そして、その顔もひどくみにくくおぞましくなっていったんだと。

 今日、聞いたからわかるだろ、恐ろしい叫び声は森の外まで響いた。ドでかいモンスタアでも出たものかと大人たちは森に飛び込んだ。ふしぎなことに、導かれるように叫び声の出どころが分かった。…そしてそれァ、今も同じさ。 大人たちが、化け物が死んでる真ん中で震えとるガキ大将の一軍を見つけた頃には

…その男の子の姿も叫び声もなかった。ジジイも、気付いたらあいつはいなくなってた、と言っていた。 帰りすがら『あの子が化け物になった』『化け物が子供に化けてた』ちゅう子もいたけれど、その時の親たちは、自分のかわいい子を抱き締めて、不出来なガキを叱るのに頭がいっぱいで、流れ者の子供に気を使う余裕もなかったとさ。

 行方不明になった坊主から、住所不明の手紙が来たのは半年ほど後。

…村の資料館で手紙を読んだやつもいるかな。

『ウソつきました。ぼくは化け物です。 でも仲間がイヤで、人間の仲間にしてもらえました。すごく幸せにしてもらったから、みんなに不幸になってほしくなかった。ぼくは新しい場所でげんき。苦労してるうぇけど、みんな幸せならつらくないです。これからも不幸ありませんように だいすき』

それからもちょくちょく手紙は来た。だけどこンな小まっこい村じゃ、手紙の出どころを探すなんてできなかった。何があって、どう人間になったのか、もともと何だったのか、見当もつかんが… 村はこの少年の、化け物だったつう事を快く受け入れ、隠した。あの声がガキどもを守り、今もこの村を守り続けてッかンなァ。そして表向き、『シルフの悲鳴』とちんけなウソを、今まで吐き通した、運よくね…。アンタらもいずれ世話になるだろうから、ね。おなしウソを言うだろうからネェ。 害どころか、いいモノを置いてったろ?

 はい、バーチャンのじーじの代にあった話はこの辺り。

 後はそうさねーーぇ……。その子はなんの化け物だったと思うよ。醜い顔で、怪力、すごい叫び声。シルフではないだろ。んあーぁ……、 アタシが思うのはね、『マーマン』の一種じゃないかね? だって、海辺を『ワカメ』頭の少年が歩いていて、それがヒトじゃなかったら。

 

 

 

 歴史の授業を始める。

 我が海軍の紋章の起源についてだ。

今日は教科書はしまっていい。聞き飽きた者は今の内にレポートを書いておくように。 この旗の獣は、言ってしまえばキメラのモンスター…だが、海軍の守護獣とされている。ああ…そうだな…相応しくないことを言うが、私はこの海辺の生まれだ。昔から童話や伝説として、そしてこの海域に暮らしているものとして聞いてきた。そして、見た事のないその獣の存在を信じている。 これから、私が聞いた中で最も起源に近く正しいと思う話を語ろう。

 旗に描かれている獣は、元は人間で、それも出自不明、話も不自由な青年だった、という。

 どこからも知れず現れて入隊を希望してきた青年を、軍は当然即座に弾いた。それでも根気強く、青年は自分の実用性を交渉し続けた。駐屯地の傍に仮住まいを建ててまでだ。空き時間の釣果を物々交換して生活していたらしい。

 入隊募集受付はその内、青年に対し無茶な試験を持ちかけた。ストレートに言えば、鬱陶しかったからだ。基地にも無断侵入を繰り返し、内部でも有名になっていた。魚やその料理を隊員と取引していたらしい。今聞けば呆れた話である。

…それはいいとして。試験の内容は、海図と武器を乗せたちんけな船を貸してどこそこのちんけな海賊を倒して来い、というものだった。青年は愚直にも一人で海に出て行った。そして上部が胸を撫で下ろした次の日辺り、青年は海のギャングを夜に沈めた船を引きずって、船着き場に帰ってきたのである。

方法は諸説あるが、魔物が普通にいた時代でもあり、ファンタジーな理由も多く囁かれている。いずれにしろ人間業とは思えないが、これを機に海軍も入隊を認めた…認めざるを得なかった。内部から賛成称賛の声が多かったからだ。…多分絆された者も多かっただろう。今聞けば… …ところで船上の食事の内彼が開発したというレシピ、興味のある者は調べるといい。 …そろそろ昼か…今日の学食は白魚の煮込……今のは忘れてくれ。忘れろ。

 ……こほん、それは、いい、良くないが、 誇張もあろうが青年は海軍に入りますます活躍した。能力に嫉妬した上官が無理難題を押し付けた事もあったが、青年は苦労しつつもそれをやり遂げたという。 『みんなと仲良くなりたい』『みんなのためになりたい』というのが筆談の口癖だった。彼は求められる事を求めた。彼は生涯故郷を口にしなかったが、定期的に手紙を出していた。つまり、 そこは、 生まれた地ではなかったのだろう。

 話を戻す。 彼の実力は優れた航行技術にあった。空の色、風、波を読み、海の底の岩礁を見抜き、彼が乗る船は最も安全で効率的なルートを辿ると持てはやされた。彼に声はなかったが、舵手などは声を交わすまでもなく不思議とその意図を汲み取ったという。青年は船内を走り回り、声なき声で船を導いた。 海上以外で、彼の身振りや表情、メモ以上の訴えを感じた者はいない。

…後世、善性の妖精と性悪の悪魔を振り分けた事例は多くある。

君たちはこの青年をどう分類する?

 さて――青年が最後に目撃されたのは、貴族一家とそれを護衛する大船団の中でのことだ。

青年が乗ったのは、以下が乗る旅客船。父、母、祖父母と近い親戚、幼いきょうだいたち。こどもたちのために企画されたクルーズ。景観を楽しむための海路と日取りを見て、青年は青ざめて真っ先に反対した。ダメなら同乗する、と彼にしては顔を厳しくして突き付けた。確かに普段は使わない航路だが、そこまで言うものか、と高を括って――

 当日、青年は強張った笑みを浮かべながら、一家によく気を配っていたそうだ。『観光』はまだ子供たちにはつまらなかったが、奇妙にも話さない青年を面白がって船内の冒険や遊戯に誘った。度々青年は船長に持ち場に戻されたが、特に子供たちといた…彼らを守るため。

 船団は、セイレーンの狩場に突っ込んだのだ。

 これは魔物たちが普通に跋扈していた時代の話である。

青年の危惧はこの事に違いない。船内奥の部屋に予見したように子供たちを、大人を誘導していた。狂い始めた船の舵、船乗りたち、すでにいくつかの船は犠牲になっていた。 船内を走り回り、船員に耳栓を配りあるいは怪力でねじ伏せて縄で縛り上げた用意周到さは、彼が魔を呼び寄せた疑念を抱かせるひとつともなったが、他種多数の反論で覆された。

船を狂わす歌声と、狂い人を狙う羽ばたき。耳に頼らず音を聞き分けた、青年は船内をひた走った。 『かくれんぼ』の最中の末娘を探し出すため。 否、娘はすでに隠れてなどいなかった。セイレーンの歌声を聞きに甲板に出ていたのだ。

引用する。

『船が さわがしくなったら 読んで ください。

化け物が 船を おそう。 今ごろ おそってる。部屋を 出ず 耳を ふさいで。 ぼくが なんとかします』

幼い少女など海に落とさずとも絶好の獲物だ。少女が青年とセイレーンを見た時、絶叫が響き渡った。 セイレーンの歌をかき消し、耳栓の裏側から…『脳の奥で叫ばれたような』と記されるほどの声はどれほどの物だったのか。

 少女をわしづかみにした怪物に青年は飛びつき、海上の空中で取っ組み合った。その頃には多くの船員が、歌ではなく、己の意志によって、その光景を見ていた。 末娘の記すところ――セイレーンたちは怯えた様子で黙り込み、青年が怪物の足から少女を引き剥がすと――怪物の翼を引きちぎった。怪物は聞くに堪えぬ悲鳴を上げ、青年は少女に笑いかけて、 ――落ちた。

 船員たちの証言はみな『あぶくのよう』という他には安定しない、今この旗に描かれているように、一貫しない姿であったという。

 触肢が海を突き破り、堅い鋏が海面を叩いて節で繋がれた触覚が飛び出して、貝の目の後ろから亀の胴が大波を立てて現れ、蛇が体をひねり、魚が水上に跳ね出ると、水流が怪物の岩場を呑み込み、鯨は体をよじり、鮫が海面に腹を叩きつけると、津波が怪物を襲い、海獣は海の底へ潜っていった……。

 大きな波が幾度も船を揺らしたが一隻も沈まず、セイレーンも残らず消えた。穏やかな海、娘は船の梯子に掴まっているのが見つかった。貴族たちは大目玉を食らわせる気力もなく唖然としたまま。娘は恐怖と怪我から数日眠り続け、そのまま、ことは、収束した。 青年、もとい、大きなけものの力がなければ海軍は兵の命も立場も危うかっただろう。 証言をもとに、我々はその生物の姿を描いた。

 やがてその姿は守護獣として掲げられる事になったのだ。

 

 

 

『——次のニュースです。

 騒音と漁獲量の被害による訴えから長く続いた捕鯨の議論ですが、昨日夕方、例のものと思われる鯨が砂浜に打ち上げられているのが発見されました。各地から研究者などが現場に詰めかけており、現段階では「厳密には鯨ではない」という発表が出ています。今朝には死亡が確認され、この死体の今後の取り扱いについて議論が交わされています。死体周辺にはバリケードが設置されていますが、今日から連日雨の予報が出ており……

 … …天気は季節外れの大雨、一部では強風警報が発令されています。また一部の地域に高波注意  ブツッ

「母さーん、おじさん教会リフォームするってマジ?  あー。今時観光地で立地がよくても、ウェディングとかやってないともーからねーもんな。  え? おー、見たよ。ニュース見た。地元でしょ?  あはは、母さんならそうだろうな。  おう、  わりぃ、 もう出る。雨降っと楽器屋も大変なんだよ。  ん?だーら、  小学生のハンカチじゃねーんだから。 持ってるって。

 じゃあ、切るな。 ん。  行ってきまーす」

 

 

 

 

 

チロルより、久しぶりの一時創作、読了ありがとうございました。

感想・ツッコミ・考察議論(?)そのほかコメントなど、お待ちしております。

 

 こどもドラゴンが四季を超えて成長する「ペティグリュー」の話、 昔話や童話を自分流に書き直してから考察する「も一度読みたい!」シリーズもよろしければどうぞ。

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