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「ちっちゃな、私のヒーロー」

カルボウが好きです。
王道も王道な彼ら種族の物語。

「ねえ!だれか泣いてる!」
 がさがさ、がさがさ。おい、山登りで寄り道は危ないぞ!間違いないのこの子が私を呼んだのよ、と私は消え入りそうな炎ポケモンのこどもが倒れているのを見つけた。
「ぽう…」
 だって私以外家族みんなカルボウに気付かなかったんだから。

 

 

 

 ちっちゃな私はポケモンに飛びつく。
「ナッツ!」
「ポ!」
ちっちゃなヒーローは私に抱きつく。私のただ一匹のカルボウ、ナッツはとてもちっちゃい。
 いつも絵本で見ていたヒーローポケモンが目の前に傷だらけで現れて、私はとても興奮して山登りが中止になって、家族たちはとても怒っていたけれど。その上私はまだポケモンに責任を持てない年齢で、それでも泣きながらワガママに駄々をこねたものだから
『野生ポケモンに関わるもんじゃない!』
お父さんが治療費とか ━━ ポケモンセンターとかってただじゃないの? ━━ 払う形で助け抱き上げたカルボウを診てもらうことになったの。

『ええと…お嬢さんには説明しにくいのですが、この子は、とても…弱いですよ』
『?』まだ火の弱いカルボウを抱っこする私、首を傾げる。
『バトルでは、ではないですよ。体そのものが、弱いんです。お嬢さんに育てるのは、難しいと思います…お母さんお父さんにとても迷惑をかけますよ』
ほら、風邪たくさんひいたりすぐ疲れちゃう子いるでしょう。
ポケモンセンターのお姉さんの言ってることは半分耳を越えて、
『私、私この子お世話する!』
と、ずっと駄々をこね続けて、カルボウはうちのこになった。みんな頭を抱えているなんて見えないし、カルボウはもうその時には、私にとてもなついていて、キャッキャッと笑う顔を見て私もニコニコしていた。
『お二人様、この子をこちらで引き取ることもできますが…』
という話を、ちゃんと聞いておけば良かった。
 ナッツは首からバツジルシを傾けたみたいなカードをかけてもらって、私のコになった。

 

 ピーナッツとか、アーモンドとか、固い木の実ばっかり食べるので、「好き嫌いしてたら大きくなれないよ」と言ったらお母さんに「その子の方がよほど好き嫌いしていませんよ」と言われて、むぐぐとほっぺを膨らした。「ぽきゅ!」とニコニコしながら食後のおやつを食べていた。
 なのでこの子の名前はナッツ。
そういう木の実を食べる時は頭の炎がポーッて明るいオレンジになるし腕の色が明るくなるので、好きだってすぐわかった。
 絵本通り人間のこどもみたいなんだなぁカルボウって、と思いながら手を引いてお散歩する。お散歩していたら、大きなお兄さん…その時はそう見えた、その人たちの喋り声が上から聞こえてきた。
「うわ、なんだあのカルボウ。半分くらいしかないじゃないか」
「病気なんだよ、見ろあれ」
はんぶん?というのがわからず、私は何度も絵本とナッツを見比べる。そういえば、絵本のカルボウと、ナッツではサイズが違うかも…と、大したことではないように、私のカルボウをにっこり見つめる。
その時は遠近法とか縮尺とかわからなかった。
 でも、ナッツも絵本の子と同じくらいヒーローだった。ベッドの上で宙返りする…以前マットの上でやったら、カードに足を引っかけて頭から落っこちて大泣きしたので、それから禁止されている…ナッツは、パンチも、キックも、「きゅ!きゅ!」ばふん!ヒーロー飛び蹴りも、アニメくらいバシバシやるのだ。
「ナッツ」
「ぽきゅ?」
「ナッツ!」
「ぽう!」
「ナッツ〜」
「ぽー!」
 ナッツは、ナッツ、という言葉を、自分の名前として、何日かして、覚えた。
幼い私の腕の中に、ニャオハぬいぐるみよりすっぽり収まる。
 背中から生えたふさふさがあったかくて気持ちいい。ぽかぽかするすり抜ける頭の炎。欠けたヘルメットか仮面みたいなのがついた顔。まばたきするたびにチカチカする燃えるような目。赤い胸と頭の固いところより、黒い腕やオレンジの頬をなでられる方が好き。足を触ると、ジタバタしながら笑う。

 ナッツが次に覚えた言葉は『めいわく』。

『これだから拾ってこなければ良かったのよ。迷惑ばっかりかけて』
ナッツはよくお熱を出した。
『おばさーん!またあのカルボウがバテてます!』『ほんとメーワク』
公園で走り回っていて、きゅうっと倒れたナッツを私は背負って連れ帰った。
『あっ!くそっ蹴飛ばしてやろうか、見えにくくて迷惑なんだよオマエ!』
お兄ちゃんがナッツにそう叫ぶのを聞いた。
めいわく、というとヒトが不機嫌だというのを覚えた。ナッツはそれを聞くなり「ふしゅうう」とすぐに私の後ろに怯えて隠れる。私は、私も、『迷惑かけてないよ』、という言葉は、使えないとわかった。
 どうしてだろう?
バトルは強いのに、どうしてこんなに体のねっこが弱いんだろう。
公園では、ピカチュウとはたき合うくらい強いのに。お庭にバウバウ入った暴れ者オラチフを、ばしばしパンチして追い返したこともあったのに。ともだちの家のポケモンと、バトルごっこをする時も、相手をあっという間に追い詰めたと思ったら、体力…ヒットポイント、がまだあるのに、ばったり倒れて「またこいつの負け!」になることがたくさんあった。
「その年の子のポケモンでカード持ちとかさぞや迷惑でしょうねえ」
「ああもう、そのポケモンいると満足に遊べないんだよ。迷惑なんだよ」
 『めいわく』を聞いた時のナッツはヒーローじゃなくなって、ぐすぐす泣く。
「(めいわくじゃない、めいわくじゃないよ)」
本当はどうかなんて、わかるくらい大人じゃない私は、自分の大好きなものに悪いことなんてないって考えで。そんな時、そうでなくても、ナッツを抱きしめながら、一緒のベッドで寝るのだった。

 

「預かり屋さんに引き取ってもらいましょう」
「ぽ……、ぽー……!」

 お母さんがついに怖い顔をしてそう言ったのは、半年ほど経った頃。
たんび、私はわんわん泣いて、ナッツのお世話をせいいっぱいがんばる、がんばると約束を繰り返した。けど、その時ばかりは、私は喉がビクッてなって、ナッツを抱き寄せた。
ナッツは、相変わらず『はんぶん』だった。
「お母さんたちだけじゃないの。そのカルボウはあなたにとっても邪魔なのよ。迷惑なの」
ちっちゃな私は難しい言葉の意味を声に込められた力から判断する。また、ナッツが泣きそうになる。私の足くらい細い体で抱き着いて、短い腕を私のこぶしにがんばって伸ばす。
手と手をぎゅっとすれば、ナッツは少しの間はヒーローを保てた。
「きゅ、ぶ…」
私はぎゅってできなかった。とてもとても、自分のこぶしをぎゅっとするのでやっとだったからだ。
 ナッツ、私の家にもういられないんだ。いなくなっちゃうんだ。もう、会えなくなるんだ。
頭が真っ赤になって、私はお母さんの強く言うことを、受け入れてしまった。

「早く全部片付けろよ、いつまでもいらないもの置いといても迷惑だからな」
「ふ、しゅ…」
 お兄ちゃんはまた迷惑と言って、荷物をなかなかまとめられない私の部屋をいったん覗いて出ていく。お引っ越しするナッツのために持っていくのは、本当に大事な物だけでいいんだって。
 私にとってナッツはペットだった?ポケモンだった?弟だった?
「ごめん。ごめんね、ナッツ」
「ぷふう…」
思い出したら、ぼろぼろ次々じくじく涙が溢れてくる。ベッドで宙返りしてくれる。そうすると、いつもは私が笑うから。
何度も、何度も同じ場所でナッツが宙返りするから、そこだけベッドがへこんでしまった。物だけじゃない、家の色んな場所にナッツの思い出がある。
「ぽ、ぽきゅ、ぽぅううー……」
座り込んで荷物を選びながら「ごめんなさい」をくり返す私の頭にナッツが手を伸ばす。人間は頭の前をなでると喜ぶんだ。一緒に絵本を読んで知ったんだ。でも、ナッツのお手ては、ぷるぷるして私の鼻先をつつくのがやっとだった。
 そうしている間に、お母さんが勝手に、ナッツの荷物をまとめてしまった。
 私たちは怖がりながら、夕飯の後に手のひらに隠して部屋に持ち込み続けて貯めた木の実を一緒に食べた。私が食べられないと、ナッツはぷうっと本物の炎を吹いて木の実を焼いてくれたけど、そうじゃない。ポケモンにしか食べられない、木の実だからなのだ。
こんな時くらい、ナッツと同じようにできたら良かったのに。真っ赤っかになった目を、不思議そうに見上げるナッツのまぶたはやっぱり、燃えていた。そして、お気に入りのクッションがないのを、不思議そうに見回していた。

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はじめまして!文芸創作チーム夢旅団の団長チロルです。 うそです。通称チロルと申します。 想像の翼を広げてつかまえた光景を文字にするのがしゅみです。 「文字は遊び相手で、同志であり、親しき仲にも礼儀を尽くすこと」を モットーに今日も書いています。 最近は紙と鉛筆とサイコロを使ったオハナシで遊ぶのもしゅみです。 我々夢旅団のメンバーが書いた名義で本を出したり 中編やオマージュ作文などにもチャレンジしています。 夢旅団SSと称して短いお話を書く修行もやってます。 ファンタジーと水色時代を大切に、大人の苦みめざして成長中です よろしければ言葉と遊んでいってくださいな!

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