あなたもきっと、考えたことがあるはず。
はるか昔の、ある者の未来についての話。
「永遠の課題」 前編
雨がざあっと降っていて、辺りは夜や藪や枯れ草になっていた。男がきいきい門の裏のはしごをおりて、よっと地面に降り立とうとすると、そこにつると蛇が滑ってきたので、「やや」と男は足をおどらせて、やがてそのすぐそばの石畳にそっと足を着けた。雨で濡れたものを踏んづけて、まぬけに死にたくないからだ。落ち着いて、荷をよいしょい直した男のかかとにぬるり、と、触るものがあった。この世でないような感触に、男は思わず声を出した。
「お前蛇かい」「蛇だよ」
「ここへ何しに」「ねずみとりに」「へえ、俺今、上でねずみになったところだ」「じゃお前食えるかい」「喰えねーよ。見てわかんだろ」「お前こそ」
ちっちっち。ぬるりはそう笑った。「お前蛇にしちゃ頭がいいと見える。冗談もわかる」
「人間の目線からはな。俺はお前と話せても何も得るモンがない」
「なんで俺たち話してるんだっけ?」
「別に話しちゃいかんって規則もないだろ。そう書いてない」「じゃ話すか」
ちっちっち。男は名乗ろうとしたが、人間の顔なんか見分けがつかん、と言われたので、やめた。男も大して人間の顔の区別はつかない。まして蛇の区別などつくわけがない。代わりに、影と影の間を揚々と歩いて門の上で体験したことを話した。今雨宿りに使っている女物の着物は、それなりだ、と話をしめた。目利きが正しければな。
お前たちほど自分で勝手に価値つけて、高騰下落してる連中もないよ、と蛇のぬるりは言う。
「罪の話だっけ。知らんけど。作り話か知らんけど。ガワ一枚余計なのは見てわかるがね」
「老婆から剥いだものだ」男は少しむっとする。
「でそのバアも蛇売りの女の死体から剥いでいたと。バアからお前も剥いだと。俺はヒトは男女しかわからんが蛇を食った奴ならわかるよ」「本気かよ?」
「少なくともその。そのガワに剥がれてたヤツは蛇シメてないよ。何となく生きてるけど、なるべく死にたくないから」
わかるよ、と言う。男は二人分の袖の女の方をいじる。
「許されたかったんだろ。免罪符って言葉もうあったっけ、めん・ざい・ふ。悪いことをする理由づけが欲しかったんだろう。知らんけど」「ああ、知らん」
「じゃ、悪・悪・悪、成敗・上等・御免。悪をもって悪をって納得するんだろ、人間は」
「ああ、納得した。だから今、ガワ一枚余計に着てる」「なるほど?」
正義の価値が下がったこの時世では、なおさらのこと。
ちっちっち。