Q:ごん、お前だったのか
A:いいえ、夢旅チロルです
Howdy!
アホなこと言ってないで本題に入りましょうね。 今回は日本の昔話から取り上げます。メニューはおはなし、考察の前後編。おはなしは、みんなご存知「番町皿屋敷」です。私なりに色んな話を拾ったりして、今どきでもわかりやすくアレンジを加えてみました。前回言いましたしね。 それでは、むかしむかしのおはなしをゆったり…え?前回読んでない? 今すぐ読んでk今日はテーマを先に言いましょう。
『こわい昔ばなし』とはなんなのか?
◎番町皿屋敷
少し昔のお話です。えらいお役人さまのお屋敷が、五番町にありました。
そこに、ある女の子が働いていました。名前は、ヒナ。 家も貧しく母が重い病気にかかり困っていたのを、縁あって住み込みの仕事をもらったのです。これを奉公、と言います。 屋敷の主人はお触れを出したり悪い人を捕まえる、とてもえらい人。ヒナの仕事はいわゆるメイドさんです。ヒナは仕事も上手で、「お役人さんも、がんばればお嫁に行けるって言ってたわ。お金は母さまのお薬のために、仕送りしましょう」とけんめいに働いていました。
ですが、雇い主のお役人さまにヒナは悩まされていたのです。
「そこにいるのはヒナか。ちょいと、こっちにおいで」「ひぇ! だ、だ、旦那さま。私は今そうじ中で…」「構わん、隣に来い。おれは今、酒の相手が欲しくてな」「そんなめっそうも」「どうした、おれの酒が飲めぬかね?」 主人に言われては逆らえません。 「赤くなった、赤くなった。よっく見せてみろ」「うぇええ、おやめください、目が回るぅぅ…」そこに奥方さまが通りかかりました。
「あなた、下女で遊んではいけませんわ。ヒナ、仕事にお戻りなさい」「はいぃぃ!」
アルハラです、セクハラです。ヒナは必死に頭を下げ、フラフラで逃げ出します。ですが、いやがらせは続きます。それは、先輩からもでした。 すなおなヒナはよく仕事を押し…頼まれて律儀にこなしていましたが、少しでも時間をかけたりヘマをすると食事を抜かれたり物を取られたりするのです。
どうしてまじめなヒナが、ひどい目にあわねばならないのでしょう?
「きーーーっ! 若いからって、ちょっとかわいいからって!」
それは奥方さまの仕業だったのです。
働き者でかしこく、若くてかわいいヒナ。奥方さまはもうオバサン、お世継ぎも授かれていません。旦那はヒナで遊んでばかり。うらめしい! 奥方さまは他の奉公人たちに、ヒナをいじめるよう命じたのです。それでヒナはつらい思いをしながら、けれど母のためがんばっていました。
ある日、お屋敷でうたげがありました。
みながお客さんのために料理を作り、部屋を飾り、せっせと働く中で奥方さまも皿を出してきました。ところがそれを、 ばりん!
なんということをしてしまったのでしょう。それはとても偉いお方からもらった10枚ひと揃えの家宝の皿。しかし奥方様はさっと皿を片付け、「ヒナ、ヒナ! 10枚組のお皿を、倉から取ってきて!」
もちろん、あるわけありません。さっき奥方さまが1枚割ったのですから。あわてた声が響き、ヒナが青い顔で奥方さまのところにやってきました。
「お、お、お皿が足りません!」「なんですって? ちゃんと数えたの?」奥方さまはすっとぼけます。「ひい、ふう、み……きゅう! ない、ない、ない!」
すかさず、奥方さまは叫びました。
「おまえ、大事なお皿を盗んだわね!いいこちゃんに見せかけて、結局育ちの悪い」「そんな、ことするわけ、ちがいます、やってません、」「あなた、あなた! ヒナが家宝のお皿を盗んだわ!」
屋敷の旦那さまであるお役人さまのお仕事は、悪人をつかまえて、どう悪かったと言わせて、罰を与えること。ヒナは檻に放り込まれて、
しばられて、 殴られて、 ムチを振るわれ、 いたい、いたい思いをして、
「やってません、やってません! おゆるしを、おゆるしを!」
「あんなにかわいがってやったのに、恩を仇で返すか! 薄情者が、白状せぬか、ならば10枚ひと揃えの意味を教えてやる!」
――いたい、いたい、ひどくいたい。ヒナは何もしていないのに。
ぼろぼろで、やっと檻を抜けて、でも夜はまっくら。行く当てもないの。帰れもしないよ。ヒナ、もういたくてつらくてくるしくて、耐えられない。いち、足りない。 母さま、ヒナはいい子で、いい子にしていたと、できるだけのことをしたこと、どうか信じてください。何がいけませんでしたか。今までただただ、がんばりました。
「ごめんなさい」 ――ぼちゃん。
「下女が逃げたぞ!」「泥棒が井戸に落ちたぞ!」
どんな形であれ、にくい女がいなくなって、奥方さまは満足しました。
その事件も月日と共に忘れられ、奥方は待ちわびた子どもを授かりました。元気な男の子。ですが赤子を見て、産婆は、役人も、顔を青くします。
「あなた、どうしたの? 坊や、お母さんよ…」奥方も、真っ青になります。
「ヒナと、同じ位置…」「指が…一本ありません」「ひどい、どうして、そんな、ヒナ…
……ヒナ? ヒナなの? そこにいるの? ヒナがやったの? ヒナにしたの?」
ヒナが、坊やを、私が、ヒナに……奥方はあわれな坊やを見て、どこかに幻を見て、もう旦那も我が子も見えません。すっかりヒナの幻に取り憑かれてしまったのです。笑い、叫び、うわごとを呟き泣く奥方の姿は屋敷の内外に知れ渡りました。
それからです、屋敷がヒナの影におびえるようになったのは。
井戸から1枚、2枚、3枚、最後まで聞いたら祟られる――1枚足りない。
ごうごう悪い風が吹く、家具がガタガタ揺れる、突然皿がガシャンと割れる、馬はふいに暴れだす。誰か階段から落ち、笑うものは足を滑らせ、奥方がヒナがやったと泣き叫ぶ。あれはヒナのせい、呪わしい恨めしいと泣く叫び声。 みながビクビク震えてうわさします。人の口に戸は立てられず、やがてうわさはよけいにふくれあがって屋敷の外まで飛び火します。
それに一番怒ったのは、屋敷の役人でした。
「己の過ちを下女の幻のせいにするなど情けのない! 妻は疲れているだけだ。俺が例の井戸まで行って、そのようなモノなどいないことを証明してやる!」
翌朝、井戸の前で役人が死んでいるのが見つかりました。 人はうわさします。腹に刀が突き刺さって、地面を血みどろで汚しながら死んでいた。井戸の方に手を伸ばしながら死んでいた。許しを請うような姿で死んでいた。奥方は、はなれでげたげたと笑っていた、と。
お上の手で五番町の屋敷の者たちはばらばらになりました。役人が死に、奥方が狂い、子どもは指が足りない。奉公人も別の勤め先を探さねばなりません。
ヒナの亡霊は本当にいたのか?祟ったのか?確かめようはありません。人々は悪い事があるとヒナの祟りと騒ぎました。ヒナはなにも悪いことをしなかったのに。罪のないヒナを、屋敷中がいじめ死なせたあと、みんなみんな悪い結末を迎えたことを、みなは恐れたのです。
ぼろぼろにさびれた屋敷だけが、ヒナの話と共に残りました。誰もいない庭の井戸に、かろうじて吊り下がる桶が風に吹かれて、がらん、がらんと言いました。 1枚、 2枚、 3枚
……1枚足りない。 ぼちゃん。
それからどれだけ経ったか。
旅の和尚がこのあわれなむすめの話を聞きました。町の人々がこの娘におびえて暮らしている。彼女のためにとむらいが必要だ。和尚はヒナの話をあちこちに聞いて回りました。 和尚はある日の晩、五番町の屋敷跡に向かいます。荒れた庭の井戸の前で、静かにその時を待ちます。がらんがらん、と桶が揺れて泣きます。泣き声はやがて、皿を数え始めます。
1枚、 2枚、 3枚、 4枚、
5枚、 6枚、 7枚、 8枚、
9枚、 「 10 」 10枚――
ああ、あった、足りた、足りた。うれしい、うれしい、ああ、よかった。
桶はからんと井戸の底に落ちて砕け、もう風に泣くことはありませんでした。
……それから和尚はヒナがよく安らげるよう、お墓を建ててとむらいました。そして二人めのヒナが出ないよう町の人に言って聞かせ、また旅に出たのでした。 和尚は旅先で、ある屋敷で起きた悲しく恐ろしい話をしました。様々な身分、暮らしをしている人たちに、分けへだてなく。やがて話を聞いた人たちも、この話を他の人に語り聞かせました。
そうしてこの話は「番町皿屋敷」として語り継がれ、私たちの時代でも多くの人が知っているのです。
20.9月.24日投稿 修正:21.2月.12日
〇 『「番町皿屋敷」考察編』2.1に続く 〇
→ 考察編2.1