「ゲエッ…ブヒッ!」
「ブシューッ!!!」
「ガケッ!?」
あ。 え?
なんで、いま、私、落ちてる?
━━ズドン!!
ぱちくりあいだの、キオクをたどる…
どくどくの火が遠く行って、あかあかの火が大きく…めらめらした目が見えて…目?ズドンでベロとのろいの体がはなれた…でしょ?
━━いや、落ちてるって。頭から。 人間は頭から落ちたら死ぬんだよ。 死ぬ前ってすごく頭回るね。
「ぽぐー!」
死ななかった。
ふわあっ、てゆっくり浮いた体が誰かに飛びつかれたのだ、一緒に宙にいるらしい、あっついくらいヌクいまるで人間の体に似ている。「キュー!」ハグされている。私の涙が、浮かんで消えた。
笑って盛んに燃えるまつ毛に、私は見覚えがある。明るい橙の瞳が私をじっと見つめて、背中を大きな手でポンポン叩く。ずいぶん大きく…比較的…なった肩に私が腕を回すと、彼はボッと私の向こう側を睨んだ。
Oh, My, A━━これがガチで恋した3秒後?
二度と会えないと思っていた幼馴染みが、
とんと私たちは地面に足をつける。私から一度離れて、黄色い鎧をかっかと赤熱させて彼は一度振り返ると、
「あ、あ、うえと」
「ポウポウ!」
岩肌の上でぐるりと宙返りして魅せると、足元を爆発させる勢いで━━飛んだ!
「ぃ━━いけーっ!!」
ギラギラ光るゲンガーはもう体を起こしてる。小さなヒーロー!
燃える体でタックルだ!
長いベロも、エスパーパワーで跳ね除けろ!
弾けるヒーローパンチ!
燃えるヒーローキック!
ゲンガーが浮かぶなら、こっちは空を飛んで応戦だ!
私はクタクタで砂だらけなのも忘れて叫ぶ。
「がんばれ、がんばれーっ!!」
あぶない、どくテラスタルのヘドロばくだんが来るぞ! 負けじと魂の炎が燃える!大きな手のひらに輝くほのおパワーを集めるんだ! 私の、私のヒーロー!ちっちゃなヒーローが、つかみ取ったのは…
「ナッツーー!!」
せいぎのひのせんし、ナッツは、ゲンガー、おまえなんかにまけないぞ! 魂込めてぎゅっと集めたひのたまを、「ボーゥッ!!」パン!と殴りつけて弾き飛ばす!
ヘドロばくだんとぶつかった━━いや!エスパーパワーが、ヘドロえきを浄化して、ぶち抜いた!
「げ、ゲゲゲェッ!?」
「カーッ……、ボーーッ!!」
ナッツの、 ほのおのたまが、 ゲンガーを、 吹き飛ばした……!
「……げぇ〜っす……」
………… …………
壁にぶつかったゲンガーの体から、パリン、宝石の輝きが飛び散った。力を失ったらしい、目をグルグル回して、べしゃ〜〜っ……と壁をずり落ちていく。
しばらく、ゲンガーを見つめていた彼は……くるりとこちらに向き直って、ジャブ、キック、宙返りをキめて、ぐっと拳を上に突き上げると、
「…………」
「むきゅ〜……!」
「あわわわ… いや、ちっちゃっ!」
激戦の破片をいっぱい浴びた私に、改めてこがね色のヒーローが飛びつく。
さっきは宙にいたから気がつかなかったけど、ポケモンとして進化したらしいのに、私より頭ひとつ小さい。
炎の目尻が私をウルウル見上げていた。ぎゅっ、て、また、ハグする。小さな声で、尋ねる。
「……ナッツ」
「ぽしゅ?」
「ナッツ!」
「ぽう!」
「な、ナッツ〜…!」
「ぽー!」
木炭みたいな色だった腕と足は、暖炉の薪みたいに暖かい色になっている。大きく燃える頭の炎も明るくて念力の色もしている。小さいくせに私の手を包むほど大きな手のひら。分厚くて固い、肩から肘までを守るアーマー。
「……ナッツ、ナッツだよね!?」
心配だったのか、怖かったのか。ついに「しゅぅうう〜…」と声をあげて私にぴったり抱き着いた。そしてそのまま、けっこうな重さが私を押し倒す。
どさっ……!
「━━━━!?」
「……ぷしゅ〜……」
……。目をクルクル回してる…
なんか、一回倒れ込んだら、私もどっと疲れがきた。あれ、ナッツは来たけど、最初の問題は何も解決していないのでは…?
久しぶりに一緒に寝るベッドが、石畳よりひどい…なんて……。
「 遭難者を 発見しました!
ポケモンと 一緒 です 」
「━━ナッツ!?」がばっ、
「グルボウ!」
「なっ…!? い、いる、隣にいた!!良かった…良かったナッツ、また会え」
「ボフッふしゅぅぷほっぷほっ!」
「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ん"ナッツううううう昔となんも変わらないよおおおお!!!」
「…………大丈夫ですか…………?」
「へくしゅんっ!」
自分だけ熱が引き、一通り説明するとフレンドリィショップのお兄さんは苦々しげな顔をした。「お嬢さんなら説明してもわかると思いますが」と前置きして。
「カルボウというポケモンは本来群れ意識の強いポケモンです。閉鎖的だとか抗争が多いというわけではありませんが、昔からパルデアでは遠方に向かう時に故郷のカルボウを別の群れに連れて行くのが風習だったそうですね」
「それは、遺伝子の…?」
少し首を振り、笑う。ジョーイさんが書類にサインをしていて、傍らに赤いプラスマークの描かれた紙が置いてある。
「お察しですか。…それに帝国民が気付いていたかはわかりませんが、人間に協力的な強い“グレンアルマ”と“ソウブレイズ”は人間、カルボウ双方から尊ばれ、民間から信奉を得ていました。そう、英雄視」
「…『カルボウのぼうけん』、って本を読んだんです」
「それも現代に残ったものですね。今はアカデミーが率先して活動を行なっていますが、未発見のコミュニティがあったか、もしくは…」
どちらかというと、自分が話したいから話す、というような素振りのお兄さんからの講義を聞いている。お姉さんが呆れた笑顔をしているのを見るに、多いことなのかもしれない。
「今となっては彼らの姿を作る鎧の作り方は紛失し、多くはピケタウン周辺から出土します。…そういえば以前、その数が合わなくなったことが…いえ、噂話ですね」
「……ふたつのヨロイ……」
ナッツはそんな貴重なものを、そして本当に強くなって、ヒーローとして帰ってきた━━絵本の内容を思い出す。ピンチのカルボウを助けるために現れた、想いの宿ったヨロイ。どちらかを選ぶんだと声を揃えたヨロイ。
今となっては、それがカルボウの進化に必要なモノだってわかるけれど、どうやってナッツが進化したって誰にわかるだろう?
また、涙ぐみそうだ…。
ぐい、とジョーイさんが身を乗り出した。
「お話よろしいですか?」
「アッはい、はい」
…以前はお母さんが書き込んだであろう書類を見せられる。難しくも分厚くもない。それを読んでいる間、お兄さんの方も棚の裏を何か探していた。
「本来ならトレーナーIDが登録に必要なんですが、話を聞くにお母様のIDをお借りしたようですね」
「たぶん、その時は」
「捕まえましたか?」
「…………」
カリカリカリ、とボールペンで書き込んでいた手が止まる。…まだだ。ボールの所有権は得ていても…
ジョーイさんが咳払いをし、眇めた目でこちらを見る。
「トレーナーカードで一時的に代用してよろしゅうございます。しかしそのグレンアルマ…ナッツさんですね?必ず一度はボールに入れて“おきなさい”」
ジョーイさん、らしからぬ、きつい口調。ボールペンが、カリリ傾く。
「“自分のポケモンだ”と証明するためです。現代においてモンスターボールの強制力は強い。誰かにボールを投げつけられたらそのまま連れて行かれてしまいかねません」
体をビリビリと悪寒が走ったのは、お姉さんの顔の冷たさだけでない。
「あなたのナッツさんなのでしょう」
そうだ。
あの子が私を呼んだんだ。私はあの子に呼ばれたんだ。
選んだんだ。この先ずっと一緒にいるって道を選ぶんだ。
━━ぜったい、私のナッツだ。
俄然、書類に書き込む手に力が入る。
「あー、えっと、とりあえずですが…」
受付の下の棚から顔を出したお兄さんが、書類にかじりつく私に声をかける。
「あのグレンアルマの小ささにも体の弱さにも、投薬治療はあまり効果はないでしょうが…「ナッツさんです」あ、はい。あなたとアカデミーが協力すれば、ナッツさんは必ず快適に過ごせますよ」
そう言って。
お兄さんは、『好きなものを』と言いたそうに、モンスターボールを並べた。私がそれを見下ろしながら、書類とペンをジョーイさんに渡すと、見覚えのあるカードホルダーが返ってきた。……ナッツが、誰かの助けが必要な体だって証明するカードだ。
お母さんに守っておいてもらったあの頃とは違う。もう、互いに守り合うことができる。
ナッツが私のところに帰ってくるためにたくさん努力したように、私もナッツの体とどう付き合うべきか。これから勉強できる。
誰にも迷惑なんてかけない、いいえ言わせない。
自分たちのことは自分で━━いや、それは気を張りすぎ。へびにらみのごとくなっていた目元を揉み、固くなったほっぺぐりぐりして。
あのモトトカゲの悲鳴は遠くに響く、救難信号のために訓練された雄叫びで。私たちはそうして駆け付けた人たちに助けられた。
……誰かに助けを求めたっていいんだ。
ボールを手に取ってみる。これからナッツと大切な話をするんだ。これまでのこと、これからのこと、これからもたくさんお話しがしたい。
「いいお顔になりましたね」
「えっ……」
驚きと、少し照れの混じった声。
「あなたとナッツさんは、立派なバディになるでしょう。さっきまでは少し心配でしたけどね」
そ、そんな顔してたの…?
「ポケモンセンターはいつでも開いておりますので、トレーナーとしてに限らず、ポケモンの体のことならなんでもご相談においでください。急患があれば空けてしまうこともありますが」
急患、うっ…。私はとにかく、コクコク頷いた。
「ところで、お兄さん、あの… なんでそんなに詳しいんですか?」
「……? …… ……ああ! 俺が歴史が好きだし、ピケタウンが好きだし、転勤もないからです。それにキズぐすりを扱うだけでも薬剤師の資格いるんですよ。町医者としてバトル以外の薬も扱う必要ありますからね」
……知らなかった。
ボールを握って、少し将来に思いを馳せた。